■【千景の家・居間】
次回作の打ち合わせをしている2人。
千景「前作で自分をかなりすり減らした感じがあるから……次回作はもう少し大衆小説寄りな、肩の力を抜いた小説を書きたいと思っているんだが、どうだろうか?」
担当、「ジャンルなどは?」
千景「ジャンルか……。」
(SE)千景、担当をじっと見つめる。
千景「恋愛小説、はどうだろうか?」
担当、「恋愛小説ですか」
千景「今まで恋愛を主軸に置いた小説は執筆した事はないが……。今なら書けると思うんだ。」
担当、(不服そうに)「女性には受けるかと」
千景「女性に受けるのは不服か?……以前にも言ったと思うが、きっかけが何であれ、私の小説に興味を持ってもらえるのはありがたいと思っている。」
担当、「それは理解しているつもりですが……。」
千景「(若干わざとらしく)ああ、そうか。」
千景「つまり、君は嫉妬しているんだな。私の女性人気が上がることに対して。」
担当、(焦って)「違います! 私は先生のイメージを考えて…!」
千景(M)『顔を真っ赤にして…。これだから、この子をからかうのはやめられないな…。本当に面白い。』
千景「(微笑)そんなに怒るな。君が担当として私のイメージを考えてくれていることは理解しているつもりだ。……ただ、本当に今、私は恋愛小説を書きたいと考えているんだ。」
(SE)担当、真面目に千景の話を聞こうと姿勢を正す。
千景「来週あたりから本格的にプロットに入ろうと思っているのでよろしく頼む。……というわけで、仕事の話はこれで終わりだ。」
担当(気の抜けたように)「はぁ…。」
千景「仕事は終わったのだから、こっちにおいで。」
(SE)千景、自分の横を叩いて担当を促す。
(SE)ちょっと間を置いて、担当も立ち上がり千景の隣に座る。
(SE)千景の横に座った担当を抱き寄せる。
(抱き寄せる息AD下さい)
担当、(おずおずと)
「どうして急に恋愛小説を書こうと思ったんですか?」
千景「恋愛小説を書こうと思った理由か?……今の自分を客観的に観察するためだ。」
担当、「おっしゃっている意味が……。」
千景(M)『(微笑・若干呆れ)本当にこの子は鈍いな…。それだけ今の私が君との恋愛に溺れている、というのが分からないとは……。』
千景「恋愛とは不思議な状況だ、と最近つくづく思う。君をこうして抱きしめているだけで、私は満たされた気分になる。それは私にとって非常に新しい発見で、その感情を作品として残しておきたいというのは、小説家としての性(さが)というものだろう。」
(SE)千景、担当の頬をゆっくりとなでる。
千景「私がこうして君の頬を撫でると、君は仕事では絶対見せない顔をする。」
千景「私はそんな君を見て、いとおしいとか切ないとか独占したいとか、同時に色々な感情がこみあげてくる。……そういった感情はきっと皆が経験していることなんだろう。」
(SE)千景、担当から身体を離し、
千景「と、言うわけで、私は今大衆小説寄りな恋愛小説が書きたいわけだ。」
千景「分かってくれたかね?担当さん。」
担当、(ぼんやりと)「はい……」
(SE)千景、立ち上がって、
千景「私はこれから、短いエッセイを書かなくてはならないので書斎に戻る。君も会社に戻りなさい。」
(SE)千景、居間の襖を開けながら、
千景「ああ、そうだ。次の恋愛小説だが、主人公の名前は君と同じ名前にしようかと思っている。」
担当「やめてください~!」
千景「よろしくな、担当さん」
(SE)笑いながら、襖を閉める千景で――。